Coach the novice. 2nd season

アメフト未経験。早稲田大学卒。企業に就職できなかった私がひょんなことから社会人アメフトのプロコーチに。コーチ歴2年の新米コーチの悩みや気づき、おぼつかない足取りを辿っていきます。

エッセイ「ハワイが来た!」

2019.7.6-14
ハワイクリニック

 これまでは4か月ほど前の春シーズンの出来事から時系列に沿って投稿してきましたが、今回のエッセイは今現在について。突然現在のことで少しややこしいですが、「Week〇〇」とは違う単発のエッセイだと思って読んでもらえればいいと思います。来週以降、また春シーズンの続きを投稿していくので、少しずつ成長していく様をどうか見届けてください。

 アロハ!

 ハワイ語である。

 オハナ!

 ハワイ語で家族の意味だ。
 唐突に吹き込まれた南国の息吹に驚かれているだろうが、私はバカンス中でもなければリロ&スティッチを鑑賞した直後でもない。そしてハワイに行ったこともない。この度、ハワイが来たのだ。

 ミネルヴァでは昨年からハワイクリニック呼ばれるハワイ人のアメフトコーチを招待してコーチングを行ってもらうイベントがあり、今年も開催されることとなった。6人のコーチが一緒になって来日しチーム全体を指導してくれる貴重な機会で、中でもOLコーチのブライアン・ダービーはアメリカのトップカレッジにも多く教え子がいて、プロリーグNFLにも選手を輩出しているベテランだ。
 もともとは法政大学との連携をしていたハワイコーチ陣だが、数年前に法政大学のチーム体制が変わった際に日本とハワイのコネクションも一度途絶えた。しかし、現ミネルヴァのヘッドコーチ菅原氏(前体制の法政大学アメフト部助監督)の声掛けにより昨年からミネルヴァと、学生では学習院大学のアメフト部にクリニックを行っている。後でブライアンに話を聞くと、
 「スガワラは俺たちのファミリーだから頼まれたら断れないぜ」と、笑いながらものすごい力で背中を叩かれて変な咳が止まらなくなった。むせながら「オハナって言わねえのかよ…」と人知れず悪態をつく。

 土曜日、彼らに初めて会った。OLコーチのブライアンのほか、QBコーチのキャメロン、WR/RBコーチのマイク、DLコーチのジョン、LBコーチのハリー、DBコーチのトニーの6人がグラウンドに隣接する施設のソファーを占領していた。
 彼らに近づいて自己紹介をする。「マイネームイズ」が口語的ではないことぐらい私でも知っている。通は「アイム」を使うと、行きの電車でリサーチ済みだ。インターネット万歳である。
 「アイムトモキ!ナイストゥミーチュー!」
 馬鹿のひとつ覚えのように6回連続で言い放って握手をした。
 ここで白状しておかないといけないのは、私がいかにも英語を話せる風で全く英語が話せないということについてだ。リスニングはそこそこいける口だが、スピーキングがめっぽう苦手でここから先彼らとの会話の9割が「ア~ハァン」であることは先に記しておくべきだろう。残りの1割は、サラッと言えたらこの世で一番かっこいいとされている英単語「アブソリュートリィ」と、伝家の宝刀「パァドゥン?」であることも併せて記しておく。

 土曜日の練習は平和に終わった。「平和に」と付け加えたのは、去年ハワイクリニックを経験した選手たちから平和じゃない話を聞いていたからである。ハワイのコーチに怯えて練習を欠席する選手もいるほどだった。
 確かに多少手荒な指導や、グラウンドの反対側から海外ドラマでおなじみのFから始まる怒声が聞こえてきたりもしたが厳しいコーチだなと思う程度であった。しかし翌日、スクリメージ練習で彼らは本気を出してきたのだった。

 日曜日、一日中降りしきる雨の中スクリメージ練習を行った。7月にしては低すぎる気温に紙芝居を出す手が震える。選手も雨に打たれて震えている。連続してプレーをして体を動かせれば少しはましだが、そうもいかないのがハワイクリニックだった。
 彼らコーチは容赦なく練習を中断して選手の指導を行う。選手の少しのミスも見逃さずに正しい動きを説明し、何度でも同じプレーを繰り返し練習させる。彼らの握る傘はもう傘として機能しておらず、選手に指示を出すための指差し棒のようになっている。英語の罵声のほぼすべてのバリエーションを駆使してコーチする姿に今度は身震いする。
 その間、指摘をされなかったポジションや選手は雨に濡れて待つのみで、テンポよく練習が進行しないことが徐々に選手たちにフラストレーションを溜める。私もまたフラストレーションを感じていたが要因は練習が進行しないことではなかった。それはアイデンティティを喪失する自分を客観視したからだった。
 一体自分は何をしているのかと不安になった。彼らも私も同じコーチであるはずなのに、私は選手に指導する「コーチ」たちを見ているだけだった。もちろん60歳手前のベテランがいる中で彼らと同じというのはおこがましいが、それでもそこにある歴然としたコーチとしてのレベルの違いを目の当たりにして怯んだ。
 プレー毎にコーチングに入れるということは、1回プレーを見るだけでプレー全体のエラー、選手個人のスキルのエラーを見抜き、的確に指導できるということだ。正直に言って、私にはできない。英語ができないことを告白するよりもはるかに自尊心に響く告白だ。
 普段、プレーのレビュー(確認や修正を行うこと)は練習後にミーティングで行っている。現場でレビューをせず後でまとめて確認をすることで、グラウンドでの練習効率を上げたいという意図を持ってのことだった。大学で培ったスケジュールの組み方だが、それ自体は間違った発想ではないと思う。特に大学生はレビューを行ってすぐ翌日にグラウンドレベルでの確認が行えるから、練習効率の面で最大公約数を出せていると思う。しかしそれをこと社会人チームに安易に持ち込んでいいのかは今一度考えなおすべきだと感じた。
 週末2日間の練習。日曜のエラーを次の土曜まで放置していいわけがない。考えれば簡単にわかる問題を、それこそ放置していたのは、それができないことから目を背けていたからだ。リアルタイムでのコーチングができるだけの経験と技術論を持ち合わせていないことに向き合うことを避けてきたのだ。私はそのことを今ありありと感じ、選手は練習の進行を妨げる「コーチ」たちに疎まし気な視線を送っていた。その視線の先に私はいない。
 今度は悔しくて震えた。

 ハワイクリニックの期間中、私はミネルヴァの練習だけでなく平日の学習院大学コーチングにも帯同させてもらった。久しぶりに毎日グラウンドに通うことをして体力的に疲弊したが、精神的には満ち満ちた気分だった。いつかは学生チームのコーチになりたいと思わされる。
 ハワイコーチらの熱血ぶりは学生相手でも変わらず、むしろその熱は若いエネルギーと相乗効果を得てより増しているようにも感じられる。いたるところで怒声が響き、選手がコーチに詰め寄られるシーンは見飽きるほど見た。
 しかし練習が終わりグラウンドを出ると気さくで冗談が好きなハワイ人だ。その二面性に驚かされながら、私はコーチと数名の選手を交えた会食に連行された。
 グラウンド近くの居酒屋の2階にコーチと選手、チーム関係者を合わせて12、3人が集まり食事を楽しむ。私はそういう場でお酒を飲まない。理由はお酒が得意でないことと、アルコールに任せて自意識を失う大人を心底嫌っているからだ。私はコーラを頼んだ。
 周りのコーチ陣が酔いはじめ、ハワイコーチのひとりがブルートゥーススピーカーで音楽を流し始めた。するとそれに合わせて他のコーチが歌い、踊る。私は失笑する。
 「俯瞰で見て自分が上に立って気でいるんじゃねえ!!」と言われそうだが、まさしくそうなのだ。昔から集団を俯瞰してそれを嘲笑することで、そうなれない自分を肯定していた。そんな私が強烈に突き動かされたのが2015年の甲子園ボウルだった。熱量を冷笑していたはずの自分が熱狂している。抱えるコンプレックスを越えて感情を揺さぶってくるチームに私は入りたいと思ったのだ。だから今は熱量に対して冷ややかな態度はとらない。むしろ純粋にそれを受け入れられるようになった。が、いまだ宴会のノリには客観視がまとわりついてくる。

 店を出て駅に向かう道でキャメロンに肩を組まれた。
 「ヘイ、トモ!そんなに固くなるなよ。ここはグラウンドじゃないんだぜ!」
 続けてトニーも話に加わってくる。
 「そうだぞ、トモ。グラウンドでは選手とコーチ。コーチとコーチだけど、いったん外に出たら俺たちは人と人なんだ。もっと気楽に楽しみなよ!」
 ふたりともかなり酔っぱらっていたが、またコンプレックスを見透かされた気がした。
 彼らはジャケットのように簡単にコーチとしてのアイデンティティを脱ぐ。Tシャツ姿でも自信があるからグラウンドの外に出たらすぐにジャケットを脱いで、素の自分として振舞える。逆にグラウンドに入ったらサッとジャケットを羽織ってボタンをしめる。それが私には二面性に見えていたけど、ただジャケットを脱ぐ自信が彼らにはあるだけの話だった。彼らは彼らであり、コーチであるのはジャケット姿の時だけなのだ。
 私はそのジャケットを脱ぐことができない。Tシャツでいられる自信がない。だからプライベートとアメフトは分けている主義のふりをして、選手とはアメフトを通したコミュニケーションしかとらない。コーチとして未熟であることを自認すればするほど、コーチらしくなくてはいけないと思ってジャケットを重ね着していく。
 実は少し前に、選手との距離感について母校のコーチに相談をしていた。その時もコーチには「コーチと選手である前に人と人だから、もっと個人的に仲良くなるといい」とアドバイスをもらっていたが、それと同じことをつい最近ハワイから来たコーチにも言われたのだ。それほど私は不自然に厚着をして居酒屋の席でコーラを飲んでいたのだろう。
 
 9日間のハワイクリニック期間で多くの事を学んだ。戦略的な理解を深めることもできたし、ポジションのインディビジュアルなコーチングを学ぶこともできたが、それよりも人間的な気づきを得ることができたのが一番の収穫だった。
 ブライアンは「いいコーチは学び続けるコーチだ。十分だと思って学びの足を止めた瞬間に、悪いコーチになる」と話してくれた。多様なフットボールの価値観に違和を感じ、自分の正義を押し付け、他の価値を学ぼうとしなかった数か月前の私に聞かせて、伝えたい。
 今日まで自分の無知を隠すため、自分の理屈を肯定するため、相手の理論を拒否するため、コーチらしくあるために必死で着こんできたそのジャケット、ばれてるから脱げよ。Tシャツでも自信もっていられるように鍛えろよ。

 また来年も彼らはきっと来てくれるだろう。その時は今より薄着でいられるように成長していたい。そして練習が終わったら一緒にジャケットを脱ぎ捨てて、居酒屋の2階で踊り狂おう。

 アロハ。


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