Coach the novice. 1st season

早稲田大学5年生。内定なし。卒業後の進路はフリーター。そんな私がひょんなことから社会人アメフトのコーチに。アメフト未経験な新米コーチの悩みや気づき、おぼつかない足取りを辿っていきます。

エッセイ「2020」

 年末に投稿しようと思っていたエッセイがあったのだが、師走は忙しなく過ぎていくものだ。私は学生をやりつつ、社会人チームでコーチをやりながら、School of Analyzing and Scouting(以下、SAS)という屋号で個人事業をしている。名前の通り「分析」とか「スカウティング」についての知識やスキルを教えて回っているのだが、有難いことに12月の中頃から末にかけて6つの大学で講義をさせていただいた。
話は逸れるが、昨年8月に事業を始めてから20近い大学の学生に講義の依頼を頂いている。そのうち数チームとは無料の体験講座だけでなく、6回ないしは12回の本講座をご契約いただけた。企業で働くことを頑なに拒否してきた私であるが、個人事業を始めると、それはそれでホームページを作り、営業をして、契約をゲットし、税金周りの会計だったり、その他雑務を自分の力でこなさなければならない。売り物である講義の内容は一辺倒では価値が保てないからアップデートしつつ、受講してくれる学生に合わせて調整する必要もある。社会経験がない分、無駄足が多い。多忙貧乏、なんて言葉があるかは知らないが、今はそういう時期なんだと思う。
 結局、「グッバイ、2019!」とタイトルだけ決めて中々執筆の時間が取れないまま大晦日を迎えてしまった。そして明らかにこのタイトルは名作映画「グッバイ、レーニン!」に引っ張られていると、今気づいた。年越しは友人宅で手巻き寿司をすると決めていた。どうしても手巻き寿司がしたくて、このイベントがブッキングされてからずっとワクワクしていたのだが、「年越しは友人と手巻き寿司パーティーをするよ」と浮かれ気味に彼女に伝えたところなぜか喧嘩に発展したということも併せて書いておこう。どうやら、ここ日本国ではクリスマスだけでなく年越しもカップルで過ごすべきイベントのようだ。やはり師走は忙しい。そうしてバタバタとしている間に2019年とはグッバイしてしまい、エッセイは執筆半ばでボツとなった。

 2020年は本厄の年にあたる。特に信仰深いわけでもないが、前厄だった去年に引き続き、神社で厄払いのご祈祷をしてもらった。ちなみに去年、ともに厄払いをした友人はその晩にインフルエンザによる高熱でうなされた。
 年末の慌ただしさは、年が明けたからと言って突然落ち着くわけでもない。むしろ、元旦の厄払いに始まり、2日、3日は過密スケジュールになりがちだ。3日はのんびりテレビでライスボウル観戦の予定だったのだが、前述した通り、彼女を怒らせてしまったために埋め合わせとして出かけることになった。行き先は東京ドーム。そう、ライスボウル観戦だ。「結局自分のやりたいことやってるだけじゃねーか!」と糾弾されたら立場が悪いので併記しておくが、確かに私の提案によるアメフト観戦だったものの、相手が思ったよりノリノリだったため行くことにしただけであり、決して私が自分の趣味に彼女を付き合わせているのでないことは主張しておきたい。

 時を戻そう。

 昨年のインフルエンザの一件のために、厄払いの効果に疑念をぬぐい切れない私と友人だったが、今年はどうやら「厄」とかいう実体のない何かしらの悪の力は私に微笑みくさった。
 1日の夜。新年の挨拶をするために親の実家を訪れた。私には兄と弟がいるが、兄はもちろん企業に勤めていて、弟はいよいよ就職活動が本格化する年齢だ。つまり、上から、会社員・留年・未来のある就活生の3兄弟なのだ。もしこれが団子の3兄弟だったなら、真ん中だけがカピカピな状態で食えたもんじゃないし、もしこれが亀田家の3兄弟だったなら、次男だけが1勝もできていないようなものだ。ちなみに、私の名前はともきだが、亀田家は三男がともきという名である。これはただの情報で、全く持って何の伏線でもないから記憶から消しても問題ない。
 さて、問題です。もしそのような兄弟が集まる夜があったとしたら、次男坊ともきはどのような顔で「あけましておめでとうございます」と言えばいいでしょうか。
 正解は、「合わせる顔がない」でした。
 それだけではない。そこには私より一つ年上のいとこがいた。彼は昔からの夢をかなえて水族館の飼育員として立派に働いている。これだけでも私が間接的に受けるダメージは大きいのだが、私が祖父母の家に到着したとき、私以外の一族はテレビを囲んでいた。そのいとこが何かのテレビ番組で密着されたときの録画を、やいのやいの言いながら楽しげに見ていたのだ。天を見上げてオーマイである。オーマイゴッドというより、オーマイ御祭神である。夢追い人の天敵は、正統派の夢実現人なのだ。

 夢を追いかけると宣って留年し定職についていない私。

 国立大学をしっかりと卒業して憧れの職につきテレビに密着までされている彼。

「あの人」と「私」のコントラスト系リリック構成の名手である奥華子であっても、ここまで残酷な比較は描けないだろう。
 
 無論、いとこの彼とは同年代で仲もよく野暮な話はしないでいてくれる。が、祖母なのだ。どうやら祖母にとって我々4人の孫は誇らしい存在のようだった。過去形なのはお察しの通り、私がその4人組から脱落したからだ。弟曰く私の現在地は「奈落」らしい。まさに都の西北早稲田大学からの都落ちである。
 心配してもらっているだけありがたいとも思いつつ、その夜、私は自分の血筋を疑うような言葉を浴び続けた。
 「あなただけが心配」「ほかの兄弟は大丈夫だけど…」から始まり、「あなたは一体何をしているの」、「あなたは必死にやっているの」、「少しは弟の姿を見習いなさい」と発展していき、最終的には「あなたは自分がどれだけ惨めか考えた方がいいわ」でフィニッシュした。亀田和毅もびっくりの圧巻の猛打だった。朦朧とする意識をいいことに、さっき何の伏線でもないといったはずの三男ともきが登場してしまった。祖母よ、さすがに言い過ぎではないか。と思う憤慨の気持ちと、そこまで言わせている自分への客観視による嫌悪感の入り混じった混沌は何にもならず、ただの沈黙だけが食卓に広がっていった。

 そうして翌朝、お年玉を握りしめた私は機嫌よくスキップで祖父母の家を後にするのだった。

 本当に、どうしようもない孫で申し訳ございません。せめて、夢だけは諦めないように生きていきます。