Coach the novice. 2nd season

アメフト未経験。早稲田大学卒。企業に就職できなかった私がひょんなことから社会人アメフトのプロコーチに。コーチ歴2年の新米コーチの悩みや気づき、おぼつかない足取りを辿っていきます。

アメフト学「フルバック不要論」

 はじめに、フルバックの流行を受けて「流行っているから真似をする」といった具合に導入を考えている方がいれば、今すぐに考え直した方がいい。やめた方がいいとは言わないが、それが全くの空振りに終わるかもしれないことについて、この文章をきっかけに考えてほしい。

 TEやFBによるブロッキングが機能的に組み込まれたプロスタイルフットボール。スプレッドオフェンスやエアレイドオフェンスの台頭がもたらした、パスを中心とした戦略に影を潜めていたが、ここ2,3年で再び流行の舞台に立ち返らんと勢いを増している。「FBの復活!」などと言われているが、そのことについていくつかの視点を持ち込んで考察してみよう。資料も希薄で、論文な文体がうっとうしいが、アメフト好きには是非読んでいただきたいし、このことについて、例えばアメフトの古くからの変遷に詳しい方には検証していただきたいし、カレッジフットボールに造詣の深い方にも活発な意見交換をしていただきたい。そうしてここに、「アメリカンフットボール学」が発現するのだ。

 まず、流行は循環していると言われるような、「流行論」の立場があるだろう。実際20年前のスーパーボウルでは両チームとも頻繁に2バック体型を使用している。ファッションなどと同じく20年周期で戦術の流行があるのかもしれない。ただそれよりも、流行について考えるうえで興味深いのは、流行という現象は「差別化願望」と「同一化願望」が同時に満たされる心理から生まれると考えられて、それを可能とするのが階級だという社会学ジンメルによる主張だ。中流階級の人物による上流階級の模倣は、同階級で差別化が図れると同時に、上流階級への同一化がなされる。NFL、カレッジ、ハイスクールの区分けを階級と捉えるならば、確かに上流から下流へ、あるいは相互に差別化と同一化の繰り返しによる流行りの形成がありえると考えられる。
 次に、アメフトには(というよりどのスポーツにも)根本的に完璧がありえない“不完全原則”ともいえる性質がある。簡単な話、フィールド上でアドバンテージを享受するためには必ずどこかで不利が発生しているということだ。守備が攻撃に適応するというのが一般的ならば、攻撃が利を獲得した後、幾ばくかのタイムラグを経て守備が適応する。そうすれば今度は攻撃が新たな利を探し、再び守備が適応に向かう。攻撃が右に動けば守備も右に、左に動けば左に。このイタチごっこのような流行の切り替わりがNFLで行われていたとすれば、それから更に少し遅れてカレッジ、ハイスクールへと流行が伝わっていく。それは波動のようなもので、風呂に張った湯の表層に手のひらを差し込み左右に動かすと、その力が次第に風呂桶の深くの湯にも伝わり、今度は跳ね返った波の動きが表層でぶつかる。
 より具体的かつ極端な話をすれば、NFLでエアレイドオフェンスが流行しショットガンと4WRが重宝されれば、カレッジとハイスクールレベルでもWRの需要が高まり、FBの需要は減るだろう。しばらくの間は空中戦が席巻するであろうNFLだが、今度は守備の適応によって攻撃は攻め手に欠く。そうして次は、パス偏重な守備に対して攻撃は地上戦にシフトする。これこそが不完全原則による変移の在り方だろう。つまりは攻撃のスタイルが繰り返され、循環するのは当然なのだ。だからこそ、流行を表面的に「流行っているから」と模倣することは全く意味をなさないと言えるのだ。

 また、「流行論」の視座と「不完全原則」によって説明できるのは循環型流行の正当性だけではない。攻撃に対して守備が適応するのにタイムラグがあるのと同じように、流行が下流に行きつくまでにも遅延がある。それは先の例え話にあった波動と同じように、だ。このタイムラグが重要な意味(特にNFLにとって)を持つのは、流行の戦術に適応するための人材が育成されるまでにもタイムラグがあるからだ。前段落で「しばらくの間は空中戦が席巻するであろうNFLだが、今度は守備の適応によって攻撃は攻め手に欠く」と記したが、守備の適応に必要な要素は戦術だけではない。空中戦に秀でた選手、すなわちNFLから時間差でやってきたエアレイド攻撃の波を受けて成長してきた学生が必要になる。そうして戦術と戦力を充足させた守備によって、ようやく攻撃を鎮静化することができるのだ。適応までの変遷は攻撃チームにも同じことが言えるだろう。FBの復活が謳われるNFLに影響され中流下流へとFBを戦略とした攻撃が流行し始める。しばらくして優秀なFBがプロ入りしランレイドオフェンスは破竹の勢いを得るが、それに少し遅れて今度は地上戦で磨かれたLBやDLがプロ入りし、NFLでの地上戦は一時期の輝きを失うことになる。その繰り返しなのだ。
 だとすれば、流行にまつわるタイムラグを心得ることで流行に対して逆張りして戦略を練ることも可能ではないだろうか。不完全原則によって生まれる戦術の変化と適応までにかかるタイムラグ。そして流行が浸透し、そこで技術が醸成されるまでのタイムラグ。それらを明らかにすることで、また新しいアメリカンフットボールの見え方が生まれてくる可能性にワクワクしたところで、筆をおくことにする。

 いつの日か、詳細な研究による加筆、修正をした後『フルバック不要論―勝つために育てるべきはフレックスバックである―』という新書を出版しよう。