Coach the novice. 2nd season

アメフト未経験。早稲田大学卒。企業に就職できなかった私がひょんなことから社会人アメフトのプロコーチに。コーチ歴2年の新米コーチの悩みや気づき、おぼつかない足取りを辿っていきます。

Week 0

2018-12-16
阪神甲子園球場/甲子園ボウル

 また負けてしまった。やっとの思いで帰ってきた甲子園の青芝が、さっきまで降っていた小雨と、選手の汗と、敗者の涙と、勝者のはつらつとした笑顔で煌めいている。アウェイスタンドの最上部に位置するスポッター席から、両極端な温度のスタンドを見ていると蜃気楼のように視界が歪みそうになる。しばしの沈黙。そして右隣の後輩が鼻をすする。
「泣くなよ」と声をかける私。
「泣いてないです」と返答する後輩。
ちらりと後輩に目をやると、本当に泣いていなかった。ああ、恥ずかしい。折り畳みの椅子に座りなおし、咳払いをする。
 
再び、長い沈黙。
 
 誰も言葉を発しないのは、全員が何を言っていいか分からないからだろうか。無論、私が後輩にかける言葉がないのは先のプチハプニングが一因ではあるが、それよりも、今の状況に面食らっているからだ。上だけを見て走り続けてきたら、道の終わりに気づかずストンと落下していくような感覚。スポッターで声を発せない私は、目下落下中なのである。

 グラウンドに降り、すでに表彰が行われている優勝セレモニーを整列する選手の後ろから見つめる。瞳のフォーカスが選手の肩から表彰台の男へとゆっくりと移り、そして戻ってくる。何かを感じなければいけない気がした。悔しさとか、申し訳なさ、満足感でも何でもいいから持ち帰るものを感じなければ。けれど伸ばせばすぐ手に取れる、つまり思ってもいない文字面は、いくら手の中に収めても空を掴むようで、指の間からすっと消えてなくなる。
 セレモニーが終わり、番号順に並ぶ選手らの列がバラバラと解体される。すぐにQB#1柴崎の元へ歩み寄った。3年生ながら、私たち4年生と同じかそれ以上のモチベーションでこの1年間を過ごしてきた。私の提案にブツブツ言いながらもフィールドで実現してくれる様に、言葉にはしないものの互いに信頼感をもってフットボールをしてきた。労いの言葉をかけよう目を合わせると、彼は泣いた。ごめん、ごめんと言いながら泣いた。

何も残らないな。
 
それが負けてから一番初めにはっきりと感触を得た言葉だった。
 
 追い打ちをかけるように再び勢いを増す雨音。それを気に留める様子もなく、笑顔で写真撮影に没頭する青い選手たち。そのどちらからも逃げたくてブルペンに引き上げる私。ロッカールーム代わりのブルペンでは、ポジションごとに4年生から後輩たちに言葉を残すのが慣例だ。自然と円陣が組まれる。これまで何人もの先輩の言葉を受け止めてきたが、あまりにも突然に、(本当は着々と近づきつつあったはずの)ゴールテープを切ってしまった私は言葉に詰まる。他の同期が何を後輩に伝えたのかも分からない。その時、半ば衝動的に、そして限りなく等身大の本音として「何も残らない」と吐露した。言葉が続く。
「負けたら何も残らない。だから勝たなきゃいけない。本当に何も残らない。今はそれしか言えない」

 何も残らない。頭の中で反芻される。何も残らない。何も残せない。