Coach the novice. 2nd season

アメフト未経験。早稲田大学卒。企業に就職できなかった私がひょんなことから社会人アメフトのプロコーチに。コーチ歴2年の新米コーチの悩みや気づき、おぼつかない足取りを辿っていきます。

Week 3

2019-3-2/3
富士ゼロックス海老名事業所/プレーインストール

 前週の日曜日からグラウンドでの練習が始まった。今週の土日を合わせて3日間かけてプレーインストールを行っている。初戦まで8週間。それまでに16日間の練習が予定されているが、インストールを除いて13日。さらに試合前日は調整程度なので練習できるのは正味12日間しかない。学生であれば同じ8週間の間に48回の練習ができるが、単純計算で学生時代の1/4のプレー数しか持ち込めないことになる。アサイメントは気を抜くとすぐに増える。特にコーディネーターがスカウティングをするのが好きで、かつ臆病者であればその増殖スピードは留まるところを知らない。そう、私のことだ。実際プレーの取捨選択には苦労した。ランプレーの場合は使用するスキームを限定することで簡単に数を抑えることができたがパスとなると難しい。
 パスプレーはランプレーよりも相手の動きをコントロールできない。それは単純にコンタクトまでの時間と比例していて、ランであればオフェンスラインがディフェンスラインとぶつかるまで0.2秒の間に起こりうることは限られているし、コンタクトした後はよっぽどの実力差がない限りディフェンスより早く動き出せるオフェンスがコントロールできる。しかしパスはワイドレシーバーとディフェンスバックが物理的に接触するまでの余白が大きい。その余白をディフェンスがどう使ってくるのかはスカウティングである程度解釈することができるが、相手によって最適なプレーを選択しようとすると結果的に多くの手札を持つことになる。さながらカードゲームの大富豪で革命を待った結果、3,4,5の札が大量に手札に残って大貧民になるようなものだ。どうだろう。前回よりもいい譬えができたと思っている。
 加えて大学時代はピュアパサーとレベルの高いレシーバー陣を武器にしたパスゲームを得意としていたため、溢れるイマジネーションにどうしてもパスプレーの数が収まらなかった。

 選手からの質問を受けて、ホワイトボードにインクの出が悪いマーカーで丸や矢印を書き加えて解説する。プレーブック作成でいくつかの課題に頭を抱えた私であったが、いざインストールを始めるとやはり壁にぶつかるものである。
 まず強く感じたのは大学ごとのフットボールに対する学びの違いだった。社会人チームには各大学でそれぞれのフットボールに触れてきた選手たちが集まる。戦略が重要視されるアメフトなだけにチームは排他的になり、それぞれの大学に独自のフットボール感が生まれる。結果的に日本の学生フットボール界には共通言語としてのスキームが存在しない。日大は日大の、関学関学フットボールをしているのだ。
 特にランパスオプションと呼ばれる、ランとパスを同時に展開して有利な方にボールを運ぶプレーへの解釈はQBとの議論に発展した。しかし私はQBの意見を一蹴して自分の理論をぶん回して論破にかかる。もともと論破癖という厄介な質を抱えている私であるが、コーディネーターになるにあたって決めていたことがある。それは強い自分であることだった。全員が年上の環境でいきなりコーディネーターとして指揮を執る。その重責に煽られるようにして「強さ」を誇示することが立場を確立するために必要なことだと考えていた。オスとしての強さを兼ね備えていない私だからこそ、強く理論によって武装することに躍起になっていた。書いていて情けないほどに幼稚だと思うが、そのことに気づくのはまだ先だ。
 グラウンドに出て実際の動きを確認してみる。それをアメフトでは「合わせ」と呼ぶが、ここではあまりの「合わなさ」に愕然とした。アンダーセンターのボールエクスチェンジは2回に1回ファンブルをする。レシーバーは同じルートなのにそれぞれ到達地点も違えば、振り向く角度もおざなりだ。グラウンドレベルにおいても、大学ごとの個性は健在だった。まずは共通のファンダメンタルを整備しなければと思い指摘を飛ばしまくった。違う違う!こうしろ、ああしろ!特にレシーバーのルートランに対して修正を入れて選手たちは素直に従ってくれる。非常に怖い話だが、指揮をとれている気がして強さを感じた。Theヤバイ指導者である。

 結局、3日間かけてインストールできたのは全体の2/3程度であったが、「残りは来週からちょっとずつやればいっか~」とほうける私は万能感に満ち満ちていた。しかし私の中で膨らむ勝利へのイマジネーションは単なる妄想に過ぎないことは、初戦までの12回の練習を経てこれから明らかになっていくのであった。